秘仏
子安地蔵尊 分身
龍宮山 岩水寺
秘仏子安地蔵の
分身仏
昭和の初めから
長楽寺で家族の
幸せを守る
◉秘仏 子安地蔵分身仏 地蔵の梵名:キシチ・ギャバ
「キシチ・ギャバ」は、キシチ(地)・ギャバ(母体)地の母体という意味です。
大正末から昭和初めに長楽寺に祀られるようになった岩水寺 子安地蔵さまの分身仏です。
岩水寺のお地蔵さまは、延暦年間(1200年前)征夷大将軍坂上田村麻呂の東征時、天竜川の龍神さまが薬師如来の功徳により、玉袖姫という美しい女性に変身され、将軍と恋に落ちました。お二人の一子坂上田村麻呂俊光将軍は人々の救済と幸せを願い、母君(龍神さま)の魂が刻まれた厄除 子安地蔵さま(国重文:伝 弘法大師作)を岩水寺に安置さたと伝わっています。遠州には坂上田村麻呂公の言い伝えも幾つか残っています。
秘仏 子安地蔵さま(龍神さま)は母であり実際に子供を産んだ女性が神仏になったという、非常に珍しい仏さまです。家を護る、家内安全、商売繁盛、交通安全、厄除け、家族の幸せ、縁結び、安産祈願、子授け、お宮参等、家の繁栄に功徳が高いお地蔵さまです。高さ約70センチ
◎御真言:おん かかかび さんまえい そわか
遠州での
征夷大将軍
坂上田村麻呂の
言い伝え
坂上田村麻呂/忠臣として名高く、桓武天皇を支え二度にわたり征夷大将軍を勤めて蝦夷征討に功績を残した人物です。天平宝字2年(758年)武家の家柄・坂上苅田麻呂の子として誕生しました。長楽寺が開基された大同2年には田村麻呂は50歳で右近衛大将の地位にいて、京都清水寺を建立したのもこの年です。弘法大師空海さまとは16歳ほど離れています。勇に優れ、生前から毘沙門天の生まれ変わり、平安京の守護神と言われていたようです。奈良・京都から東北方面にまで軍を率いて東征をした事から東日本各地には多くの伝承が残っています。ちなみに子の坂上田村麻呂俊光将軍の伝承は浜松が中心です。
(下の写真は、岩水寺、秘仏 子安地蔵/岩水寺HPより)